2026.08.12
文藝春秋の編集者は人が悪い
弁護士 大塚嘉一(おおつかよしかず)
1.私は、「文藝春秋」を定期購読している。「中央公論」、「世界」、その他の総合雑誌は書店の店頭でチェックし、気になる記事があるときだけ買う。
左の「世界」、右の「文藝春秋」、中道の「中央公論」、というのが、一般読者のイメージであろう。しかし、「世界」がリベラル、「中央公論」が中道、というのは間違いないが、「文藝春秋」が単純な保守派かどうかはかなり怪しい、と私は思う。
2.今年(2026年)9月号に、細川護熙による「緊急提言 皇室典範「だまし討ち」改正は許されない 高市総理よ、日本を壊すな」という記事が掲載されている。
ご本人は、高市政権を批判しているのは間違いない。それでは同誌の編集者が同意しているのかというと、ことはそう簡単ではない。
「高市氏は、トランプ大統領の横では、はしゃいで飛び跳ねて見せる。米中という二大大国に対する距離感やバランスのとり方に、政治的な計算や戦略の裏付けがあるようには思えない」とあるが、私には、高市首相の基地でのジャンプは、中国やロシアに対する「政治的な計算」や「戦略の裏付け」に基づく行動であるとしか思えない。細川の見方が皮相に過ぎ、洞察力が欠けているのである。続けて、「国際部隊で一国のリーダーが自らの責任の重さを知らずに振舞うことは、国を危うくしかねないことである」とあるが、日本を壊しかけたのは、他ならぬあなたご自身ではないですか、と問い詰めたくもなる。
現下、最大の課題ともいうべき皇位継承問題についても、ヨーロッパの王国を参考にすればいい、とか、時代遅れであるとか、批判するのであるが、日本における天皇の歴史、その果たす意義について、あまりに見識がない。これに対し、同号に掲載された養老孟司の、旧皇族に任せればいい、という主張は、氏一流のいつもの突飛な発言には違いないのであるが、やはり歴史や政治に対する深い洞察が伺われるのである。
編集者は、やはりリベラルはダメだなと読者に思わせようとしているのではないのか。
3.同じようなことは、同誌においては、よくあることなのである。
例えば、数年前、日本のさる偉い方の相談役という人の手記が掲載されたことがあった。その人は、記事を読む限り、人柄も良く、その偉い方を敬愛し、その偉い方の信任も厚いということが十分に分かる内容である。しかし、少し考えると、本当に相談役のブレインとして、その人だけでいいのか、もっと他にも、また複数の人間を配置したほうが日本のためになるのではないか、などと思うようになるのである。
また、藤原正彦の巻頭言は、毎号、毎号の氏の自虐ネタが楽しい。氏は常々日本の美しい自然が日本人の美意識を高めたと言うのであるが、アイロニー好きの氏にしては直球に過ぎる。私は、日本人が自然を愛でるのは、台風や地震などの自然の脅威との闘いの末の和解の姿なのだと思っている。氏が、本音をいつ披露してくれるのか、毎号、楽しみに巻頭ページを繰る。
4.「世界」や「中央公論」では、執筆者とテーマだけを見て、内容が推測できる。しかし、「文藝春秋」は、実際に読んでみないと内容や編集者の狙いが分からないのである。
「文藝春秋」の編者者は、読者の心の揺らぎを誘おうとしているのではないか。ポジショントークに気をつけろとの警告なのではないか。これは、我々現代人がAIに対抗するためにも必要な姿勢である。
そうだとすると、私は、同誌の編集者にエールを送りたい。そういう私も、性格の悪い人間なのであろうか。
9月号には、第175回芥川賞受賞作、小砂川チト「ゾンビ回収婦」も掲載されている。この世に生を受けたという一方的贈与の回収方法が現代においてはかくも複雑怪奇なものになったのだなあと(ここにもAIが関係してくる)、感慨無量である。
(文中敬称略)